くちびるNetwork 岡田有希子



岡田有希子さんは1984年にデビューしたアイドル歌手で女優としても活躍しました。1986年18歳という若さで自殺して生涯を閉じています。人気アイドルだったので大変に残念です。

くちびるNetworkは1986年の曲で、オリコンチャートにおいて最高順位1位を獲得する大ヒット曲となりました。岡田有希子さん自身においても最大のヒット名曲となっています。

カネボウ化粧品のCMソングとしても採用され、当時よく流れていたのを記憶しています。
この記事へのコメント
ご逝去されてから早くも25年近く過ぎようとしていますが、岡田有希子さんの愛くるしい笑顔は、今でもハッキリと覚えています。

ご逝去された原因については、当時は色々とマスコミに書かれましたが、其の後にお母さまが出された「愛をください」という本をよく読んでみますと、有希子さんがご自分の性格について、「躁うつ病に罹ってしまっているみたい!」と書かれていました。

当時は、トップアイドルでしたので、休む時間もなくお仕事をこなしていた影響で、かなりお身体とメンタル的な面で疲労していたのではないかと考えられます。

ご逝去される前に撮影されたドラマで共演した男優さんに、秘かな思いをお持ちであったのだそうですが、ご自分は既にトップアイドルにまで登りつめていたし、彼女の優しさから、事務所の関係者の方々のことや、名古屋市内でご入院されていたお母さまのことなどなど、ご不幸にも複合的なストレスを抱えてしまった岡田有希子さんは、精神的に追い詰められて、それに耐えられなかったのだと私は思います。

その男優さんのことについては、有希子さんはプラトニック・ラブであったのであろうと思います。

私の友人で、テレビ局のデレクターをしている者が言うことには、「有希子ちゃんといえば、いつも人目につかないところで、シクシク泣いていたように記憶している。どうしたの?って声を掛けてあげたかったけれども、相手はトップアイドルだし、自分は駆け出しのADであったので、声を掛けられなかった」と、現在でも悔いを残したように話しています。

私が個人的に非常に残念に思うことは、いつも一緒にいるマネージャーさんが、最近の有希子さんの不思議な態度に気が付かなかったのかな?と思うと同時に、リストカットした後に青山の病院へ治療に行った際に、どうして医師を始め、スタッフが精神的に落ち着くまで、入院させなかったのかということが、未だに理解できません。

精神病棟の保護室で、一週間でも静かに休養させてあげれば、岡田有希子という名前に例え傷が付いても、自殺は避けられたと思うと残念に思います。

岡田有希子さんのご冥福を心から、祈念申し上げます。

昭和の時代に、岡田有希子さんというトップアイドルが、素晴らしい笑顔で、一生懸命頑張っていたことは、私たちファンにとりましては、蓮の花が咲いているユッコのいるところに行くまで、絶対に忘れません。 それまで、お母さん、お爺さん、お婆さんと共に、待っていてくださいね♪
Posted by 匿名希望 at 2012年01月23日 23:01
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